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アーユルヴェーダの歴史~日本の医学の根源が奈良時代からわかる


アーユルヴェーダは5000年の歴史を持つ、インドの伝承医学であるということは良く知られています。

聖者の慈愛から生まれたアーユルヴェーダ

アーユルヴェーダの始まりは、「太古の昔、病に侵された町の人々をなんとか助けたい」と、ヒマラヤに集まった聖者たちが病気の一掃を願い瞑想する中で、「神から授かった教え」とされています。
聖者の思いやりの心でこの癒しの学問が始まったと、インドに古くから伝わる「チャラカ・サンヒター」という聖典に記されています。聖者たちの慈愛の想いから生まれたのが、アーユルヴェーダなのです。

お釈迦さまの主治医

世界で一番有名なインド人といえば、『ゴータマ・シッダールタ』お釈迦様ですね。
彼が生まれた紀元前5世紀頃のインドでは、すでにアーユルヴェーダは医療として確立していたそうです。アーユルヴェーダ医であったジーヴァカはお釈迦様の主治医であったことは仏典の中でもよく出てくるので有名です。

奈良時代に仏教と共に伝わる

そのインドの伝統医学アーユルヴェーダは、チベット、モンゴル、ミャンマー、カンボジアへと伝播され、日本に伝わったと言われているのは1200年前、奈良時代の頃、仏教と共にこの地「奈良」に伝わりました。
アーユルヴェーダの神様と言われるダンヴァンタリ神の絵や置物の左手には、不老長寿の甘い蜜「アムリタ」の入った壷を持っています。
これが仏教とともに日本に伝わり、薬師如来像として私たちは目にしているのです。
薬師如来は病気を治す神様として有名ですが、ダンヴァンタリ神と同じく左手に薬壷を持っています。

アーユルヴェーダの薬草が奈良東大寺に収められている

奈良東大寺の正倉院にはアーユルヴェーダの代表ともいわれている薬草の中の(ハリタキー、アーマラキー、ピッパリー(長胡椒))が収められており、薬草を使った医療が実施された事を表している「薬物の出納帳【種々薬帳】」にもアーユルヴェーダの薬草についての記述がたくさんあります。特に、ハリタキーは頻繁に使用されていた様子が伺えます。

薬草

国宝の『金光明最勝王経』とアーユルヴェーダ

同じ時代には義浄(ぎじょう)という唐のお坊さんが12年間インドへ留学して書いた大乗仏典「金光明最勝王経」(こんこうみょうさいしょうおうきょう)が、現在の奈良国立博物館に国宝として収蔵されています。その中に、疾病の原因、その症状と治療法が説かれています。
季節、地域、時間、体質によって治療法を選択し、病状によってどのような選択をするのが良いかを示しています。
これはまさに、アーユルヴェーダでいうトリドーシャ説とパンチャカルマの手法そのものなのです。

日本の医学の根源がアーユルヴェーダ

アーユルヴェーダの知識は、先生から弟子へ脈々と伝えられてきました。書物は存在せず、口伝での記憶がベースになるので、師匠と弟子は寝食を共にして何年もかけて完璧にマスターするまで学びは続いていたそうです。
そして、中国医学のベースがアーユルヴェーダであったことは「金光明最勝王経」(こんこうみょうさいしょうおうきょう)からも分かります。また、歴史をたどると、日本の医学の根源はまさに奈良時代、奈良に伝わったアーユルヴェーダだったといって過言ではありません。

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